コラム

労働判例にみるメンタルヘルス対策の重要性

2014年08月
元氏 成保


▶ メンタルヘルス対策は企業にとって極めて重要な課題である
 近年、従業員のいわゆるメンタルヘルス問題が、企業にとっての非常に大きな関心事となっています。この問題は、その企業の職種や規模に関らず、場合によっては経営の基盤を揺るがしかねない一大事につながりかねず、企業には、慎重かつ適切な対応が求められます。
 平成24年4月27日に言い渡された最高裁判所の判決において、精神的な不調をきたした従業員に対して企業が採るべき具体的対応について触れられている部分がありますので、ご紹介します。


【 事案の概要 】
Xは、Y社に雇用されてから約7年半の間、特段の問題なく勤務を続けていた。
Xは、平成20年4月頃、精神的な不調により、実際には事実でないにもかかわらず、「約3年間にわたり盗撮や盗聴等を通じて日常生活を子細に監視され、これらにより蓄積された情報を共有する加害者集団から、職場の同僚らを通じて嫌がらせを受けている」と認識し、Y社に対してその調査を依頼した。
Xは上司に対し、「ストーカーの件でいい加減頭にきたので、警察に行ってきます。しばらく有給休暇が続く限り休みます。」などと記載されたメールを送信し、以後、Y社に出勤しなくなった。
2週間後、Xは、有給休暇が残り少なくなったことから、休職の特例を認めるように依頼したが、Y社はXに対し、休職を許可することはできない旨の回答をした。
その後、Y社の人事統括本部労務担当部長は、Xに対し、Xが主張する被害事実は認められないとの結論に達した旨回答するとともに、Xが欠勤することについて、正当な理由は認められないことなどを伝えた。
これに対し、Xは、被害に関する問題が解決されたと判断できない限り出勤しない旨をあらかじめY社に伝えた上で、有給休暇を全て消化した後も、約40日間にわたり欠勤を続けた。
Y社は、Xの上記欠勤が就業規則所定の懲戒事由である正当な理由のない無断欠勤に当たるとして、Xを諭旨退職処分とした。


【 判 旨 】
「このような精神的な不調のために欠勤を続けていると認められる労働者に対しては、精神的な不調が解消されない限り引き続き出勤しないことが予想されるところであるから、使用者である上告人としては、その欠勤の原因や経緯が上記のとおりである以上、精神科医による健康診断を実施するなどした上で(記録によれば、上告人の就業規則には,必要と認めるときに従業員に対し臨時に健康診断を行うことができる旨の定めがあることがうかがわれる。)、その診断結果等に応じて、必要な場合は治療を勧めた上で休職等の処分を検討し、その後の経過を見るなどの対応を採るべきであり、このような対応を採ることなく、被上告人の出勤しない理由が存在しない事実に基づくものであることから直ちにその欠勤を正当な理由なく無断でされたものとして諭旨退職の懲戒処分の措置を執ることは、精神的な不調を抱える労働者に対する使用者の対応としては適切なものとはいい難い。
 そうすると、以上のような事情の下においては、被上告人の上記欠勤は就業規則所定の懲戒事由である正当な理由のない無断欠勤に当たらないものと解さざるを得ず、上記欠勤が上記の懲戒事由に当たるとしてされた本件処分は、就業規則所定の懲戒事由を欠き、無効であるというべきである。」


▶ 企業が採るべき対応とは
 本判決のように、最高裁判所が、精神的な不調が認められる労働者に対して会社として採るべき対応を具体的に判示するケースは珍しいものです。また、本判決の原審にあたる東京高裁の判決も、「控訴人の欠勤に対して、精神的な不調が疑われるのであれば、本人あるいは家族、被控訴人のEHS(環境・衛生・安全部門)を通した職場復帰へ向けての働きかけや精神的な不調を回復するまでの休職を促すことが考えられた」と述べており、ここでも従業員のメンタルヘルスに関して会社の採るべき対応が示唆されています。
 但し、これらの裁判例が述べるように、精神面の不調が見られる従業員に対して、ただ一律に精神科医による健康診断を実施し、あるいは家族と連絡を密にしてその対応方法を模索することが、企業が採るべき唯一の方策ではありません。例えば、従業員自身に病識がない場合、会社が精神科医による健康診断の受診を要請しても従業員がそれに応じないこともあり、会社が執拗に促すと、かえってそれがハラスメントであるとの誤解を生じさせかねません。また、家族への働きかけは、その状況や方法如何によっては、従業員のプライバシーの問題との抵触も懸念されます。こういった点について、これらの裁判例は何も触れていませんが、実務的には、会社には、精神科医や法律家などといった専門家や家族などと可能な限り連携を密にし、事例に応じた柔軟かつ迅速な対応が求められているといえます。


(事務所報 創刊号 2014年6月号掲載)