コラム

個別合意による退職金規程の不利益変更の効力を判断した事例

2016年09月
木澤 圭一朗

最判平成28年2月19日裁判所HP
 就業規則を不利益に変更したとき、その変更に合理性・周知性がなくても、労働者が同意していれば、労働条件の変更の効力が認められると言えるかについては議論があります。また、仮にこれを肯定するとしても、変更に対する「労働者の同意」はどのように認定されるかについて議論があります。
 これまでの下級審の裁判例では、変更それ自体に合理性や周知性がなくても、労働者の個別の同意があればその労働者との関係では労働条件は変更されうるが、その同意は変更内容を具体的かつ明確に説明した上で得られなければならないとするものがありました(大阪高判平成22年3月18日労判1015号83頁等)。
 今回ご紹介する判例は、この問題につき、初めて最高裁として判断したものです。なお、紙幅の関係上重要な部分のみを要約しております。


事案概要

▶ A信用組合が、Y信用組合と合併する際に、退職金規程を変更することになった。Aの理事らは、Aの管理職であったXらに、Yの職員に支給される退職金と同一の水準での退職金が支給されるという文章及び普通退職した場合に支給される変更後の退職金額を記載した文書を示した上で、退職金規程の変更の内容及び同変更に同意するとの記載のある書面を交付し、Xらはこれに署名押印した。この後、合併の効力が生じ、新たな退職金規程が実施された。
▶ 新たな退職金支給規定に基づく退職金額は従前の規定の2分の1以下になる上、自己都合退職の係数が用いられた場合には大幅な減額がされる等のものであった。その結果、Xらが実際に退職した際の退職金は0円とされた。
▶ そこで、Xらは、旧退職給与規定に基づく退職金の支払いを求めて提訴をしたが、原審の東京高裁は、Xらが規定の変更内容が記載された同意書の内容を理解した上でこれに署名押印した以上、基準変更に同意したとして、請求を棄却したため、Xらが上告した。


判旨の概要

✎ 労働契約の内容である労働条件は労働者と使用者との個別の合意により変更することができ、これは就業規則に定められている労働条件を労働者の不利益に変更する場合であっても異ならない。
✎ 就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも判断されるべきである。
✎ 本件基準変更による不利益の内容等及び同意書への署名押印に至った経緯等を踏まえると、Xらが同意するか否かを自ら検討し判断するために必要十分な情報を与えられていたというためには、基準変更の必要性等についての情報提供や説明だけでは足りず、退職金額が0円となる可能性があることなど、Xらに生じる具体的な不利益の内容や程度についても、情報提供や説明がされるべきであった。
✎ 原審はこの情報提供等がされていたかを判断せずに請求を棄却しているため、原判決を破棄し、原審に差し戻す。


 以上のように最高裁は、就業規則の不利益変更につき、労働者の個別の同意があれば可能であるとしながらも、同意が認められるためには、「当該変更を受け入れる旨の労働者の行為」に加えてその行為が「労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在すること」が必要であるとしました。使用者の立場としては、就業規則を不利益に変更する際に、変更内容が記載された同意書面に署名押印を得たというのみで変更の効力が生じるものと即断すべきではなく、変更により生じる労働者の不利益の内容や程度の具体的な説明がされた上で同意が得られたかどうかにも注意すべきであるといえるでしょう。


(事務所報 №10 2016年6月号掲載)