コラム
均等論(第5要件に係る最高裁判決について)
2017年12月
宇根 駿人
1 均等論とは
特許権とは発明を保護する権利であるところ、その発明は「特許請求の範囲」(以下、「クレーム」といいます)に記載された限度で保護の対象となります。よって、特許権を侵害していると思われる物(以下、「被疑侵害物件」といいます)が当該特許権のクレームの範囲に全て含まれれば、容易に特許権侵害を認めることができますが(この場合を「文言侵害」といいます)、被疑侵害物件が特許権のクレームの範囲から少しでも外れていれば、文言侵害を認めることができません。しかし、被疑侵害物件が特許権のクレームの範囲から少しでも外れているからといって特許権侵害を全く認めないとすれば、膨大な投資をして発明をする技術者の発明の意欲を削ぐ結果を招きかねません。
そこで登場するのが「均等論」という考え方です。均等論によれば、発明の保護範囲を、クレームを超えて当該特許権が保護する発明と実質的に同一な発明の範囲まで広げることが可能となります(均等論の適用により、侵害が認められる場合を「均等侵害」といいます)。
最高裁判例(最判平成10年2月24日)によれば、被疑侵害物件と特許権のクレームの相違部分が、①特許発明の本質的部分ではないこと、②当該相違部分を置換しても同一の作用効果を生じること、③当該特許権の属する技術分野の通常の知識を有する者であれば当該相違部分を置換することを容易に考え付くこと、④被疑侵害物件が公知技術と同一でなく公知技術から容易に考え付くものではないこと、⑤被疑侵害物件の構成が、特許権者においてクレームから意識的に除外されたものでないこと、という5つの要件を充たせば、均等侵害が認められることになります。
2 最判平成29年3月24日の事案の概要
当該事案は、被告ら(上告人)が製造していた薬品の製造方法が、原告(被上告人)の特許権のクレームに記載された製造方法と1点のみ相違していたという事案でした。
上記相違部分について均等論の適用が論じられ、特に第5要件を充足するかが争点となりました。
3 判旨
(1) 最高裁は、先願主義の下で早期の特許出願を迫られる出願人において、あらゆる侵害態様を想定したクレームの記載を特許出願時に強いられることは妥当でないことを主な理由として、「出願人が、特許出願時に、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき、対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず、これを特許請求の範囲に記載しなかった場合であっても、それだけでは、対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するとはいえないというべきである。」と判示しました。
(2) しかし、続けて、特許権のクレームの記載を信頼する第三者の保護も考慮して、「出願人が、特許出願時に、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき、対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず、これを特許請求の範囲に記載しなかった場合において、客観的、外形的にみて、対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるときには、対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するというべきである。」と判示しています。
4 まとめ
本判例は、均等論の第5要件の具体的な適用の在り方について論じている点で意義のある判例と言えます。具体的にどのような場合に「客観的、外形的」にみて意識的除外が認定され得るかは今後の裁判例の蓄積が待たれるところです。