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武富士贈与税事件と租税法律主義

2011年04月

1 武富士贈与税事件の概要

 平成23年2月28日、最高裁判所第二小法廷は、武富士の会長らから外国法人に係る出資持分の贈与を受けた会長の長男に対する贈与税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分について、その取消を認める判決を下しました。
 本訴訟では、『上告人(注:会長の長男)は日本国内に「住所」を有していたか否か』という一点のみが争点となっていました。当時の法律の規定によると、贈与時に受贈者の住所と受贈財産のいずれもが国外にあれば、当該贈与について贈与税は課されないこととなっていたことから、上告人は、贈与税の負担を回避するために原則として香港に滞在し、日本国内での滞在日数が多くなりすぎないように調整するなどして、その生活の本拠は日本国内にはないという外観を備えました。本訴訟では、このような法律の規定をうまく利用した上告人の行為の是非が問われたことになります。

2 武富士贈与税事件の評価

 本判決は、新聞や雑誌などで大きく取り上げられました。租税回避された税額が莫大であり、その返還に伴って上告人に対して支払われる還付加算金もまた莫大であったことに加え、消費者金融業という武富士の業種や、会社更生手続中であるという武富士が現在置かれている状況などから、本判決の結論に批判的な論調も少なからずあります。武富士の会社更生手続が開始され、極めて多くの消費者の過払金の回収が制限されている一方で、同社の関係者が行ったこのような多額の租税回避行為を認めることについて違和感を覚えるという声については、共感できる部分も大いにあります。
 しかし、租税とは、公共サービスの資金を調達するために、国民の富の一部を国家の手に移すものであり、国民の財産を制約するものです。源泉徴収制度の下、税に関する関心が薄いという制度上の理由などから一般には深くは意識されていないようですが、税の徴収とは、国家による国民の権利の制約という側面を持っています。したがって、租税の徴収は恣意的なものであってはならず、あくまで法律の根拠に基づいて行われなければなりませんし、課税要件を定める法律については、厳格な解釈が求められます。一般的な法感情や世論がどうあれ、法律の規定に基づかない課税は許さないというのが租税法律主義の理念なのです。
 そのような租税法律主義の理念を口で説くのは簡単ですが、まさに本件のように、租税法律主義と一般的な法感情や世論とが衝突する場面においてもなお租税法律主義の理念を貫くことは必ずしも容易なことではないかもしれません。本判決は、租税法律主義は厳格に捉えるべきという最高裁判所の姿勢が明確に表明されたものであるといえるでしょう。
 なお、本件において問題となった贈与が行われたのは平成11年のことですが、その後間もない平成12年に法改正がされ、それ以降は本件の上告人のような行為を行った場合においても贈与税が課せられることとなっています。

3 本件に関する裁判官の見解

 本判決において、須藤正彦裁判官は以下のような補足意見を述べています。上述の問題点に関する同裁判官の見解が端的に述べられていますので、引用します。
 「国外に暫定的に滞在しただけといってよい日本国籍の上告人は、無償で1653億円もの莫大な経済的価値を親から承継し、しかもその経済的価値は実質的に本件会社(注:武富士を意味する)の国内での無数の消費者を相手方とする金銭消費貸借契約上の利息収入によって稼得した巨額な富の化体したものといえるから、最適な担税力が備わっているということもでき、我が国における富の再分配などの要請の観点からしても、なおさらその感(注:著しい不公平感)を深くする。一般的な法感情の観点から結論だけをみる限りでは、違和感も生じないではない。しかし、そうであるからといって、個別否認規定がないにもかかわらず、この租税回避スキームを否認することには、やはり大きな困難を覚えざるを得ない。けだし、憲法30条は、国民は法律の定めるところによってのみ納税の義務を負うと規定し、同法84条は、課税の要件は法律に定められなければならないことを規定する。納税は国民に義務を課すものであるところからして、この租税法律主義の下で課税要件は明確なものでなければならず、これを規定する条文は厳格な解釈が要求されるのである。明確な根拠が認められないのに、安易に拡張解釈、類推解釈、権利濫用法理の適用などの特別の法解釈や特別の事実認定を行って、租税回避の否認をして課税することは許されないというべきである。…(中略)… 結局、租税法律主義という憲法上の要請の下、法廷意見の結論は、一般的な法感情の観点からは少なからざる違和感も生じないではないけれども、やむを得ないところである。」

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