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コラム

歯科医療訴訟の現状~歯科医師の説明義務~

2011年06月

弁護士: 福塚 圭恵

分 野: その他

1 歯科医療訴訟の動向

(1) 医療訴訟事件数

 最高裁の公表データ(表1参照)によれば、平成22年医療訴訟の新受件数は794件であり、医療訴訟事件は、平成16年の1110件を頂点に、ここ数年、緩やかな減少傾向にあることが伺えます。

 もっとも、昭和40年台には100件台だった医療訴訟事件の新受件数が、同50年代には200件、昭和60年代には300件台と増加し、この趨勢は平成6年に500件台に達した後さらに強まり、平成15年に1000件台に達した経緯があり[i]、医療訴訟事件数は、約50年間で、飛躍的に増加しています。

 

表1】 医事関係訴訟(医療訴訟)の新受件数(地裁・簡裁)

H12

H13

H14

H15

H16

H17

H18

H19

H20

H21

H22

件数

794

824

906

1003

1110

999

913

944

876

732

794

                                              ※最高裁公表データより

 

(2) 歯科医療訴訟事件数

ア 現状

 最高裁の公表データ(表2参照)によれば、平成22年度の医療訴訟の診療科目別既済件数合計896件のうち、72件が歯科医療訴訟ですので、歯科医療訴訟は、医療訴訟全体のおよそ8%を占めています。また、医療訴訟事件全般が、ここ数年、緩やかな減少傾向にある中で、歯科医療訴訟事件は、むしろ、平成20年で70件、平成21年で71件、平成22年で72件と徐々に増加しています。

 

表2】 医事関係訴訟(医療訴訟)の診療科目別既済件数(地裁)

注)・複数の診療科目に該当する場合は、そのうちの主要な一科目に計上している。

精神科には神経科を含む。

※最高裁公表データより

 

イ 今後の見通し

 また、昨今、① 患者の治療内容開示やインフォームドコンセントに対する意識が高くなっていること、② 歯科インプラントや矯正などの自由診療では高額の治療費が支払われるため、治療結果に患者が満足できない場合には、トラブルになるケースが増えていること、③ 高齢化社会が到来し歯科の需要が高まっていること、④ 健康や外貌に対し高い価値を置くようになっていること等からすれば、歯科医療訴訟事件は今後も、ますます増加していくことが予想されます。[ii] [iii]

2 歯科医師の説明義務

(1) 説明義務について

 医療訴訟と聞くと、「治療行為に関する注意義務違反」、いわゆる医師による「治療ミス」を連想される方が多いと思います。もちろん、「治療行為に関する注意義務違反」の事例は多く存在するのですが、それと並んで問題となることが多いのが、「説明義務違反」の事例です。

 患者は、自己の受けるべき治療等について、自分自身で決定することができる権利(自己決定権)を有しています。もっとも、医療は専門的な分野ですので、専門家である医師と患者の知識や経験の差が大きく(情報の非対称性)、患者は自己決定を行うために必要な情報を持ち合わせていません。そこで、医師は、患者が、適切に自己決定権を行使し得るに足りる情報を提供する義務、すなわち「説明義務」を負っています。

  

(2) 歯科医師の説明義務の内容・範囲

 また、歯科診療の内容により個別に検討する必要がありますが、歯科医師の説明義務の内容・範囲は、歯科診療の以下のような特殊性から、一般医療に関わる医師の説明義務と比較して、広範かつ厳格になる傾向があります。

《歯科診療の特殊性》 

① 適応可能な治療方法や使用する材料、材質が多種に及ぶ場合が少なくなく、患者の自己決定権が重視される場合が多い。

② 生命を救う緊急を要する事態は稀であり、説明や同意を得るための時間的余裕がない場合は少ない。

③ 抜歯や歯の切削等の復元不能な治療が多い。

④ 外貌などに及ぼす影響が大きい場合がある。

⑤ 高額の治療費がかかる自由診療に対する患者の期待・要求が大きい。

 

(3) 紛争を予防するために

 歯科医師の説明義務に関する紛争の多くは、歯科医師において、以下のような事項を怠らずに行うことにより、予防することが可能なものです。

 

ア カルテ等への記録

 歯科医師が患者に対し説明をしたか否か、患者が同意したか否かが争いになるケースが多くあります。歯科医師は、そのような紛争を避けるため、患者に対する説明や患者の同意について、必ずカルテ等への記録を行いましょう。

 カルテは、医師等が、自己の業務上、診療行為の都度、経時的に作成するものですから、そこに記載された患者の症状、病名、処置、その他の診療経過の記載は、その時点における作成者の事実認識の反映であり、信用性が高く、そこに記載されている事実については、改ざんが認められるような特段の事情がない限り、記載どおりの事実が存在し、あるいは、そのような認識・判断があったものと強く推認されます[iv] (カルテの推定力の根拠につき、東京高裁昭和56年9月24日判決 東京高裁判決時報民事32巻9号13頁)。歯科医師としては、自己の身を守るためにも、カルテ等への記録を怠らずに行うべきです。

 なお、ケースによっては、患者から同意書を提出してもらうことも検討してください。

 

イ 平易かつ具体的な説明

 医師による説明は、患者が自己決定を行うことを可能にするためのものですので、患者が理解できない説明をしても意味がありません。そこで、歯科医師は、個々の患者の理解度に応じ、患者が選択の判断をなし得る程度に平易かつ具体的な説明を行う必要があります。

 

 患者が質問や疑問を投げかけやすい環境作り、誠実な対応など

 感情的なもつれが発端となって紛争が発生することが多くあります。歯科医師は、患者が質問や疑問を投げかけやすい環境作りを行うなど、医師と患者の信頼関係を構築できるよう配慮しましょう。

3 結び

 以上のとおり、歯科医療訴訟は今後も増加していくものと見込まれ、また、歯科医師や歯科患者の身近には、多くの紛争が潜んでいます。

 一方で、説明義務に関する紛争の多くは歯科医師の心がけより、未然に防止することが可能ですので、歯科医師においては、紛争が発生しないよう、日頃よりその予防に努めていただきたいと思います。
                                                           以上                                                                                                                                                            

[i] 浦川道太郎ほか「専門訴訟講座④ 医療訴訟」3頁 

[ii] 大阪弁護士会医療過誤事件マニュアルプロジェクトチーム「医療過誤事件マニュアル」196頁

[iii] 若松陽子「歯科医療過誤訴訟の課題と展望」38頁

[iv] 森豊「カルテ等記載と事実認定についての判例研究」判例タイムズ987号65頁

 

【その他参考文献】

・藤山雅行「判例にみる 医師の説明義務」

・菅野耕毅「医事法の研究Ⅲ 歯科医療判例の理論 増補新版」

・岡村久道「歯科診療過誤訴訟の判例理論」判例タイムズ884号20頁

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