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コラム

インサイダー取引規制における重要事実の「公開」の意義について

2017年07月

弁護士: 林 祐樹

分 野: 内部統制・企業統治

1 インサイダー取引とは

 インサイダー取引とは、会社関係者等が公表されていない重要事実を知って株式等の売買等をすることをいいます。インサイダー取引は形式犯とされており、法令が定める一定の行為類型に該当すれば、利益を得ていなくとも、「儲けよう」といった動機を有しなくとも直ちにインサイダー取引となります。また、未公表の重要事実を知っている限り、当該重要事実に基づかずに売買等をしてもインサイダー取引が成立します。
 以下で紹介する判例は、重要事実の公表の方法の1つである報道機関に対する「公開」の意義が問題となりました。

2 最高裁平成28年11月28日判決(裁判所ホームページ参照

(1) 事案の概要
 経済産業省大臣官房審議官である被告人が、その職務上の権限の行使に関し、上場会社A社の業務執行決定機関がB社と合併することについての決定をした事実を知って、同事実の公表前にA社の株式を買い付けたとして、インサイダー取引規制違反に問われた刑事事件です。
 被告人は、株式の買付前に合併の事実が報道されて公知の状態になっているため、インサイダー取引規制は解除されている等と主張しました。

 

(2) 判旨の概要
 (金融商品取引法)施行令30条1項1号は、重要事実の公表の方法の1つとして、上場会社等の代表取締役、執行役又はそれらの委任を受けた者等が、当該重要事実を所定の報道機関の「二以上を含む報道機関に対して公開」し、かつ、当該公開された重要事実の周知のために必要な期間(12時間)が経過したことを規定する。
 投資家の投資判断に影響を及ぼすべき情報が、法令に従って公平かつ平等に投資家に開示されることにより、インサイダー取引規制の目的である市場取引の公平・公正及び市場に対する投資家の信頼の確保に資するとともに、インサイダー取引規制の対象者に対し、個々の取引が処罰等の対象となるか否かを区別する基準を明確に示すことにあるという法令の趣旨に照らせば、この方法は、当該報道機関が行う報道の内容が、同号所定の主体によって公開された情報に基づくものであることを、投資家において確定的に知ることができる態様で行われることを前提としている。
 したがって、情報源を公にしないことを前提とした報道機関に対する重要事実の伝達は、たとえその主体が同号に該当する者であったとしても、同号にいう重要事実の報道機関に対する「公開」には当たらない。
 本件のように、会社の意思決定に関する重要事実を内容とする報道がされたとしても、情報源が公にされない限り、法166条1項によるインサイダー取引規制の効力が失われることはない。

3 まとめ

 以上のとおり、最高裁は、情報源を公にしないことを前提とした報道機関に対する重要事実の伝達は、上場会社等の代表取締役、執行役又はそれらの委任を受けた者等によりなされたものであっても、金融商品取引法施行令30条1項1号にいう重要事実の報道機関に対する「公開」には当たらず、会社の意思決定に関する重要事実を内容とする報道がされたとしても、情報源が公にされない限り、インサイダー取引規制は解除されないと判断しました。
 昨今、インサイダー取引の疑いがあるとして、証券取引等監視委員会が強制調査を行ったとの報道が頻繁になされていることもあり、インサイダー情報を保有する方が株式等の売買等を行う場合は、インサイダー取引に該当するか否かについて慎重な判断が求められます。

 

(事務所報 №16 2017年4月号掲載)
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